【第5回】ペーター•ダムの芸術 ウェーバー 歌劇「魔弾の射手」

 

ペーター•ダムはインタビューで「自分の本業はオーケストラプレイヤーであって、ソロや室内楽は趣味のようなもの」と答えている。オーケストラプレイヤーは指揮者の要求を100%満たす能力が必要だ。数々の名指揮者と共演したペーター•ダムの演奏スタイルの違いは、それぞれの指揮者が彼に何を要求したのかがわかり、興味深い。

今回の指揮者は厳しさと気難しさで有名な伝説的な指揮者、カルロス・クライバーだ。このレジェンド指揮者とレジェンドホルン奏者が共演したとき、一体どんな演奏になるのか。カルロス・クライバーの録音は極めて少ないが、最初の録音となった伝説的名演、ウェーバー 歌劇「魔弾の射手」を紹介する。

Kuuta
Kuuta

ついに有名な「魔弾」がきましたね!

なんだかわくわくします!

楽曲について

LP付録の解説書でお勉強。歌劇「魔弾の射手」はウェーバーが1816年から作曲し、1820年に完成させたドイツの国民的オペラだ。一連のナポレオン戦争の後でドイツは領土や人口を失い、当時の国民は失われた誇りを取り戻すためにドイツ的な文化や芸術を渇望していたそうだ。当時オペラというとイタリアオペラが主流だったが、ウェーバーはドイツ語によるドイツを舞台にしたオペラにこだわった。モーツァルトの「魔笛」もドイツ語ではないか、と思うが、舞台はエジプトなのだそうだ。

えっ?「魔笛」はエジプトだったのですね!

多少無理があるが、オペラのあらすじを4行で説明する。

恋人との結婚を許してもらいたいがために、主人公マックスは悪友にそそのかされて「魔弾」という的中率85.7%の悪魔の弾を射撃大会で使ってしまう。最終的にはその不正を自ら告白して追放されかけるが、日頃の善業と彼を心から愛するアガーテの一途な思いに免じて執行猶予一年で許される、というお話だ。

特に英雄的なことは全くないものの、いいところのないマックスを一途に思いうアガーテが歌うアリアは秀逸。 

Kuuta
Kuuta

僕にもアガーテみたいな彼女がいたらなぁ!

 

Maxはドラえもんののび太みたいですね。

録音について

録音日時:1973年1月22日-2月8日 (ペーター•ダム 36歳)

録音場所:ドレスデン、ルカ教会

録音技師:Claus Strüben

指揮者:カルロス・クライバー 

オーケストラ:シュターツカペレ・ドレスデン 

「時よとどまれ、お前は実に美しい。。。」

この録音がどうして実現したのかずっと謎だったので、本を借りて調べてみた。

この録音はカルロスクライバーにとって初めてのレコーディングで、それまで彼は録音に懐疑的だったそうだ。

それでも、カルロスの父、エーリヒ・クライバーがウェーバーの作品を愛し、ウェーバーの曾孫と交流があったことや、ウェーバーが指揮者を務めていたドレスデン国立歌劇場との共演であるという縁もあり、カルロスはこの録音への参加に同意。

「魔弾の射手」はカルロスの父の得意とする演目で、子供の頃からその演奏を何度も聴いている。カルロスは途中で「絶対(父のように)こんなにうまくはできない!」と嘆き、周囲が必死でなだめたそうだ。

また、主役のマックスを歌うテノール、ペーター・シュライヤーはバリトンに近いこの役の指名に驚き、「自分の声では(特に低音域が)不安だ」と言う。カルロスのイメージでは心の弱さを持ったマックスに英雄的な分厚いテノールは不似合いだと考えていたのだろう。不安だ、不安だ、というシュライヤーをカルロスは何度もなだめて、仕上がりは、まるでマックスの役がシュライヤーのために作曲されたと思えるような素晴らしい声を引き出している。

だむ美 
だむ美 

のび太にジャイアンの声は似合わないですよね。たしかに。

不安がる歌手を指揮者がなだめ、その指揮者を周囲がなだめる、という状況に制作側は一層不安になる。実際カルロスは直前に別のレコード録音を途中で投げ出しているからだ。

Kuuta
Kuuta

このレコード、本当に完成するの?と誰もがそう思ったらしいですよ。

しかし、録音も最終盤に近づいたある日、カルロスは最終場面でマックスが歌う「未来はわが心を守ってくれる」でロ長調になる部分の録音を聴いていた際、感に堪えない様子で「時よとどまれ、お前は実に美しい。。。」というゲーテの言葉をつぶやいたそうだ。これは『ファウスト』の中で博士が悪魔と契約をして、その命と引き換えに人生最高の一瞬に言う有名な言葉。つまり、もう今この瞬間に死んでもいいくらい幸せで、納得のいく仕上がりになったことを意味する。この録音は予定通り完成し、今でも伝説的な名録音となっている。

できないと思われていた壁を全員の協力で乗り越え、参加者それぞれが一段高い場所へ到達した達成感がこの録音に満ちている。ゲーテの言葉を呟かせるほどカルロス・クライバーを深く感動させた美しいペーター•ダムの音色は、しっかりとレコードの中にとどまっている。

Kuuta
Kuuta

カルロス・クライバーがそこまで褒めるなんてすごく珍しい!

 

みんなの協力の結晶ですね。

「ペーター•ダム的」聴きどころ

序曲 

序曲冒頭、ホルンセクションソロはあまりにも有名。今のようにバルブの付いていなホルンは管を付け替えないと違う調が吹けなかったが、付け替えには時間がかかる。そこで、冒頭は3,4番ホルンがハ長調、次に1,2番ホルンがヘ長調で、と4人の組み合わせとして途切れなくホルンを響かせた。このアイディアは作曲時は画期的だったそうだが、4人がバラバラの音色や吹き方では成り立たない。ここではペーター•ダムが個性を立たせる、というよりは主席奏者としてホルンセクションをしっかりリードして統一感を出すことに成功している。ソリストとしてだけではない、ペーター•ダムのパートリーダーとしての力量も存分に楽しめる。

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第3幕「狩人の合唱」 

第3幕の「狩人の合唱」はホルン吹きにとっては人気の定番。どちらかといえばたっぷり重厚に歌わせる演奏が多いのだが、この録音はそのテンポに驚かされる。とにかく速い!

ペーター•ダム率いるシュターツカペレのホルンセクションはここでもカルロスの要求に見事に応えている。それにしても妙に音が厚い、と思っていたら、もともと4本のみのホルンを8本に倍増している。後年カルロスはそのことを秘密を明かすようにインタビューで語ったようだが、レコードの中の写真にはしっかり8本写っている。 (笑) 

 

カルロスさん、バレバレですよ。ふふふ。

ダム隊長率いる8人のシュターツカペレホルン軍団総出演の狩人の合唱は最大の聴きどころ。 

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Kuuta
Kuuta

伝説の名録音。おすすめです!

「ダム味(み)」は控えめでも、違う魅力を味わえました!


参考文献:

アレクサンダー・ヴェルナー著「カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記」 音楽の友社