
ご主人様が会社を辞めてしまった。「僕のえさ代はどうなるんだろう」と不安でいっぱいだが、当のご主人様は僕の心配をよそに、毎日楽しそうに過ごしている。家にいることもあれば、ふらりと旅にでてしまったり、予測が難しい。安心してご主人様のレコードを聴くことができず、新シーズンの開始に時間がかかってしまった。
記念すべき「シーズン 3」の1曲目は、素直にホルンの名曲を選んだ。久しぶりなので「始めはゆっくり」にぴったりな、シューマンの「アダージョとアレグロ 作品70」から始める。ホルン吹きなら誰もが知る名曲だ。
シューマンはこの作品を1849年に作曲している。この年は、「4本のホルンのためのコンチェルトシュトゥック 作品86」や「4本のホルン伴奏による男声のための狩の歌 作品137」などが作曲された、「ホルン豊作」の年 だった。
そして、もう一つ大切なのは、シューマンがこれらの名曲をドレスデンで作曲した、ということだ。残念ながらシューマン夫妻と当時のドレスデンとは相性が良くなかったが、もし当時ペーター•ダムがドレスデンで演奏していたら、シューマンはドレスデンに留まり、精神の病も快癒して、もっと多くのホルンの名曲を作曲したに違いない。


演奏者と録音について
ピアノ : Amadeus Webersinke
ホルン :Peter Damm
録音日時:1976年11月1日-7日、11月11日-30日のうちのどこか(ペーター•ダム 39歳)
録音場所:Lukas Kirche, Dresden
「ペーター•ダム的」聴きどころ
ホルン吹きなら痛感しているが、この曲はAdagioの部分でHigh Fという非常に高い音がでてくるので、非常に手ごわい。「シューマンは管楽器の使い方が上手くない」、とよく言われるが、奏者の都合など忖度せず、こうしたいと思ったまま作曲したからだろう。
Adagioが終わりAllegroになると、曲調は一転して情熱的で激しくなる。久しぶりに聴くと、この曲のピアノは単なるホルンの伴奏ではないことに気づいた。ピアノとホルンが互いに絡みあい、一つの音楽を作り出す。ペーター•ダムは出るところは出て、抑えるところはしっかり抑えて、Webersinkeの美しいピアノを引き立てている。
Allegroでは、シューマン夫妻と深い交流があり、作曲の2年前に38歳の若さで亡くなった メンデルスゾーンの「弦楽四重奏曲第5番 Op.44-3」1楽章の旋律が引用され、何度も登場 する。シューマンの亡き友人への想いを汲んでだろうか、ペーター•ダムの熱い演奏が胸に迫る。
(メンデルスゾーン 弦楽四重奏曲第5番1楽章より)



