ご主人様は最近とても機嫌がいい。おまけに「健康診断が近いからダイエットしよう!」とか言って、よく僕を散歩に連れて行ってくれる。ありがたいのだが、ご主人様の不在をうかがってレコードを聴く時間がなくなってしまい、ブログの更新ができない。これではいけない。「ダムの芸術は長く、生は短し」”Peter Damms Kunst ist lang und kurz ist unser Leben” というではないか。
今回はペーター•ダムの代名詞ともなっている、リヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲をご紹介する。 この作品については数多くの解説があるので、あまり多くを繰り返さないが、今回とりあげる「第1番」は、シュトラウスが、なんと18歳 ( ! )のときに作曲した作品だ。
10代の作品といっても、未熟さは全く感じられず、ホルン協奏曲の中では高い頻度で演奏され、録音がとても多い人気曲だ。
この曲をパワフルかつ技巧的に演奏するホルン奏者は多い。しかし、この曲を最も美しく、そして最も歌いきったのはペーター•ダムだと思う。
演奏者と録音について
指揮者: Rudolf Kempe
オーケストラ: Staatskapelle Dresden
録音技師:Claus Strüben
録音日時:1975年9月(ペーター•ダム 38歳) 録音場所:Lukas Kirche, Dresden
「ペーター•ダム的」聴きどころ
オフィシャルサイトによれば、ペーター•ダムは1957年、20歳の時に初めてこの曲を演奏し、45歳のときに111回目の演奏をHerbert Blomstedtの指揮で行い、2000年の大阪でのコンサートツアーで157回目の演奏をしたそうだ。実際には170回以上演奏した、という情報もある。いずれにしても、この曲の難易度を考えればものすごい回数だ。43年間で平均すれば、3ヶ月に1回程度は演奏していたことになる。
この曲が初演された街、Meiningenがペーター•ダムの出身地であることや、管弦楽版はドレスデンのホルン奏者であり教師でもあったOscar Franz(ペーター•ダムの大先輩)に献呈されていることから、深い縁を感じ、献呈された奏者の正統伝承者として、この曲を演奏することに強い誇りと使命感を持っていたのだと思う。
この曲は、文字通り、ペーター•ダムのライフワークの一つだった。
第一楽章 Allegro
オーケストラが奏でる和音だけの前奏に続き、独奏ホルンがたくましくファンファーレの主題を奏でる。通常はオーケストラが主題を提示してからホルンが追いかけるパターンが多いので、斬新な出だしだと言える。
オーケストラが主題を追いかけた後に始まる美しいソロを、ペーター•ダムは情感たっぷりに歌う。2-3小節聴いただけで、彼の演奏が他の演奏と全く違うことがわかるだろう。本物のリヒャルト・シュトラウスの音楽がここにある。
第二楽章 Andante
活発的な一楽章が昼だとすると、一転して夜のような内省的な楽章。ペーター•ダムはとても慎重にこの楽章を吹き始める。そして、曲は徐々にクレシェンドして、この楽章のクライマックスを迎える。
この部分には、ペーター•ダムの思いや、彼の素晴らしさが詰まっているように思う。仲良しのルドルフ・ケンぺが、完全に黒子に徹してペーター•ダムを引き立てているのも素晴らしい。是非聴き逃さないでほしい。
第三楽章 Allegro
モーツァルトのホルン協奏曲の3楽章を彷彿とさせるような、8分の6拍子のロンド。
リヒャルト・シュトラウスの妹が、伝説のホルン奏者デニス・ブレインに送った手紙には、父親のフランツがHigh Es(この曲で一番高い音)に相当苦労して様子が書かれているそうだ。18歳の自分を厳しく管理しようとするパパへの「音楽的仕返し」だったのか?そんな妄想をしながら聴くと一層楽しいかもしれない。
楽譜引用元:
https://www.hornmatters.com/