第3回にこの録音を選んだのには実は二つの訳がある。一つ目はこの演奏のもう一人の主役であるペーター・シュライヤーが2019年12月25日に亡くなっていることを最近知ったこと。二つ目は、この記事を書きながら、ペーター•ダムの至高の名演とも言える今回紹介する演奏が新品で入手しにくい状況にあることを知ったからだ。
前者はただご冥福をお祈りするしかないとしても、後者はなんとかならないものだろうか。取り急ぎ、もう少し後に紹介しようと考えていたこの名盤を前倒しして紹介する。
楽曲について
シューベルトはその最晩年の1828年3月26日に、人生最初で最後の自作品のコンサートを主催している。この曲はその大切なコンサートのために書き下ろした作品で、コンサートのプログラム全7曲のうち、第5曲目で演奏されている。ホルン奏者は当時の名手で、シューベルトの死後ワーグナー指揮の劇場でも演奏する名手、Josep Rudolf Lewy。初演は非常に好評で、当時のプレスに「言い表すことのできない、耳のためのご馳走」と絶賛されたそうだ。
歌詞は「白鳥の歌」などの作詞でも知られる、Rellstab (Heinrich Friedrich Ludwig Rellstab)によるもの。
歌詞の全訳はしないが、簡単に説明すると、別れの情景を描いた、一種のロードムービーのような歌詞だ。
場面1:自分は小舟にのって彼女にお別れして、岸まで見送りにきた彼女の姿がどんどん遠ざかっていく
場面2:恋人と過ごした懐かしい場所もどんどん遠ざかっていく
場面3:小舟は河口を離れ、陸地そのものがどんどん遠ざかっていく
場面4:何も見えなくなって夜空に輝く星に恋人の眼差しを見る
見る人が見たら怒られそうな要約だが、ごく簡単にすればこのような流れになっている。ドイツは南方は海と接していないので、海といえば北海かバルト海に向かって北上しつつ、暗くて寒々とした世界へ向かうイメージだろう。
現代だったら「今、北海。めっちゃ寒い😭」とか写メ付きでLINEを送るんでしょう。
風情がないですね!昔の人は星に語りかけるしかなかったのよ。
録音について
演奏者:ペーターシュライヤー(テノール)、ペーター•ダム(ホルン)ワルター・オルベルツ(ピアノ)
(曲別の年月日説明なし)
録音場所:ドレスデン、ルカ教会
録音技師:Horst Kunze
録音年:1971年3月1-7日、20-21日、あるいは1972年11月24-26日(ペーター•ダム 34歳-35歳)
写真は「クラヴィエール」という徳間音楽工業のレーベルのもの。CT-2024 。
「ペーター•ダム的」聴きどころ
ペーター•ダムがホルン奏者であり同時に「歌手」でもあることがよくわかる名演奏。他の奏者による演奏はたまに聴くものの、あまりしっくりこない。それだけ難曲なのだろう。ピアノは川の流れを表すために細かく三連符を刻んで進むが、ホルンがたっぷりと歌ってしまい、本来早く進まなくてはならないピアノがホルンに合わせて失速してしまうパターンや、テノールとピアノとホルンという音量バランスが崩れてしまうパターンなど要因はさまざまだ。しかし、一番大きな要因は人間の声にホルンの音色を溶けあわせることの難しさだろう。それを成し遂げた唯一無二の演奏が今回紹介する「二人のペーター」による演奏だ。
ペーター•ダムのホルンは繊細かつリズムが正確で、人の声よりも温かい音色で対等な「歌手」としてシュライヤーと「デュオ」の役割を果たしている。音量バランスは奏者だけでなく、録音技師であるHorst Kunzeの職人技も見事に発揮されているのだろう。
正直に言えば、聴きどころなど選べない。最初の一音から最後の一音まで全てが聴きどころだ。
強いていえば、この曲は最後に、
Dort begegn’ ich ihren Blick ! (そこで私は彼女のまなざしに出会うのだ!)
という歌詞を何度も繰り返すが、最高潮のフォルテで「Dort(そこで)」という単語をシュライヤーが絶唱する部分は何度聴いても心が震える。
この至高の名演はなぜか新品で入手するのが難しい。長い時間をかけているが、まだ見つからない。ご主人のようにレコードや、廃盤になったCDを保有する人は幸運だが、新品を入手する方法があれば是非情報をいただきたい。ここまで持ち上げて紹介できないことをお許しいただきたい。
公開されている音源が見当たらないので、私が大好きなシュライヤーの歌うクリスマスソングを代わりに紹介する。シュライヤーが天上でも美しい歌声を響かせていますように。。
シュライヤーの歌声は永遠ですね。まさに「耳のご馳走」です。