ペーター•ダム自身の略歴によると、彼は16歳のクリスマスにフンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」を演奏している。ドイツではクリスマスに子供連れの家族が劇場でこのオペラ全幕を観劇するのが恒例になっているそうだ。つまり、序曲だけを演奏したのではなく、オペラ全幕を演奏した、と考えるのが自然だ。
16歳で初めて演奏した曲を36歳の自分が演奏する。それはきっと、ペーター•ダムにとって特別な録音だったに違いない。
楽曲について
ワーグナーの弟子、フンパーディンクの名作オペラ。ドイツではワーグナーやリヒャルトシュトラウスのオペラよりもずっと愛されている名曲だ。
グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」は中世の飢饉に見舞われた村を舞台とした、やや残酷な部分のある童話だ。オペラはクリスマスに親子で観劇することを意識して内容がマイルドに変更されている。
序曲の冒頭でホルン4本で奏でる「夕べの祈り」には多くの編曲があり、ご主人は若い頃夕暮れの大学の校舎で仲間とこの曲をよく吹いた、と往時を懐かしがっている。
ご主人は大学時代、勉強しないでホルンばかり吹いていたみたいです。
そんな、本当のことを言ってはいけませんよ。💦
演奏者と録音
指揮:Otmar Suitner
オーケストラ:シュターツカペレ・ドレスデン
主な歌手:Theo Adam(父親), Ingeborg Springer (ヘンゼル), Renate Hoff (グレーテル)、Peter Schreier (魔女)Renate Krahmer(砂の妖精)
合唱:ドレスデン十字少年合唱団
録音技師:Claus Strüben
録音年:1973年(ペーターダム 36歳)
「ペーター•ダム的」聴きどころ
序曲冒頭
最初の聴きどころは序曲冒頭のホルンパートソロだ。「これぞペーター•ダム!」という音が聴ける。演奏するのはオペラ中盤で兄妹が眠りにつく前に二人で歌う「夕べの祈り」の旋律。このオペラの演奏が素晴らしいものになることを予感させるペーター•ダムの名演。途中から弦楽器合奏に引き継がれる流れも素晴らしい。オーケストラ全体がペーター•ダムに感化され、その高いテンションはオペラの最後まで続く。
「魔女」の役は女声が担うことがお約束のようだが、東ドイツの名テノール歌手、ペーター・シュライヤーが美声を押し殺してダミ声で歌っている。この記事を書いているとき、彼がコロナが始まる直前の2019年12月25日のクリスマスに亡くなっていることを知った。クリスマスにはこの「ヘンゼルとグレーテル」がドイツ各地で演奏されていたに違いない。
私がもっとも好きなテノール歌手、ペーター・シュライヤー。ご冥福をお祈りしたい。
「夕べの祈り」終了からの部分
次の「聴きどころ」は、ヘンゼルとグレーテルが「夕べの祈り」を歌い終わって眠りにつくシーンから始まる。ここは兄妹が「祈り」の中で歌った「14人の天使」が空から降りてきて眠る子供たちを取り囲む場面。いろいろな衣装を着た天使たちに、会場にきた子供たちの目がきらきらと輝きだす見せ所。スタジオ録音とはいえ、ペーター•ダムの優しさに満ちた演奏が素晴らしい。ここは絶対に外せない聴きどころだと思う。
「夕べの祈り」はこんな歌詞だ。
“Abends, will ich schlafen gehen,
vierzehn Engel um mich stehn,,, ”
(夜、私が眠るに入ると、14人の天使たちが私のところへやってくる。。)
という歌詞から始まり、「二人は頭に、二人は足元に、二人は右側に、二人は左側に、、」と続く。朝起こしてくれる役割の天使までいる。14人の天使に囲まれた、なんと幸せな眠りだろう!
ご主人様と僕の枕元にも14人の天使が来ないかな?
間違ってそのまま連れて行かれないようにしようね。ふふふ。
オペラ演奏時のペーター•ダムはその歌ごころを遺憾なく発揮させる。他にもウェーバーの「魔弾の射手」、ワーグナーの「マイスタージンガー」など、オペラの名盤は多い。これらもいずれ紹介しようと思う。