これまで紹介してきた録音のほとんどは、ドレスデンの「ルカ教会」という場所で録音されている。今から10年前、ご主人様は大胆にもペーター•ダムご本人とこの教会でご対面したそうだ。
この教会はもう録音には使われていないが、数々の歴史的録音が行われた記念として、入って右側の壁面に、過去に演奏した指揮者たちの写真が飾られている。
ペーター•ダムは、「これはカール・ベーム。これはヨッフムだね。そうそう、日本から小澤征爾もきたよ。」と昔を懐かしむようにご主人に説明してくれた。そして、ふっと間をおいてから、優しく目を細めて、「彼は仲良しだったんだ。。。」といいながら手をかざしたのが「ルドルフ・ケンぺ」の写真だった。
ケンぺとドレスデン・シュターツカペレ(SKD)は1970年から1975年にかけて、リヒャルト・シュトラウスの管弦楽作品集を録音している。今日はまず「英雄の生涯」を取り上げて、この一連の録音がなぜこれまで美しいのか、考えてみようと思う。
演奏者と録音について
指揮者: ルドルフ・ケンぺ Rudolf Kempe
オーケストラ: ドレスデン国立歌劇場管弦楽団 Staatskapelle Dresden
録音技師:Claus Strüben
録音日時:1971年9月5日-9月15日 (ペーター•ダム 34歳)
録音場所: ルカ教会、ドレスデン
“Alte Liebe rostet nicht” (「古い恋は錆びない」- ドイツのことわざ)
これは写真のレコードの中に入っていた、ルドルフ・ケンぺがSKDへの思いを綴った文章の冒頭に引用したドイツのことわざだ。彼の文章を翻訳して、以下要約する。
「古い恋は錆びない」という。
425年目のシュターツカペレの誕生日に、その言葉が正しいことを実感する。1923年、13歳で初めてカペレが演奏する「魔笛」を聴いて、すっかり感激してしまった。両親が勧めた商業学校からカペレの音楽学校に転校し、オーボエとピアノを学んだ。その後、ライプチヒで首席オーボエ奏者としてキャリアを積んだ後、指揮者に転身。10年後、戦後間もないドレスデンでようやくプロとしてカペレとの運命的な出会いが実現する。
1946年当時のドイツは敗戦直後で、美しいゼンパーオーパーは廃墟と化し、人々の心は深く沈んでいた。ドレスデンの人々の心を少しでも明るくしようと、音楽活動を再開する。そして1946年5月24日に、ドレスデンの人たちと路面電車に乗って、みすぼらしいTonhalleで「ラ・ボエーム」を演奏した。これは自分にとって忘れられない思い出になっている。
その後、1950年にカイルベルトの後任としてシュターツカペレの音楽監督に就任。それからやむを得ない事情(Kuuta注記:東ドイツ政権との確執)で離れざるを得なかったが、最近になり客演指揮者として再びシュターツカペレとコンサートや録音を行えるようになった。
シュターツカペレは単に世界中に知られた卓越した演奏技術を持っているだけではなく、「オーケストラの魂」としか表現できないものを持っている。私の「古い恋」がこれからもよく保たれ、運命が許す限り、さらに育まれますように。
ルドルフ・ケンぺ
ドレスデンで生まれ、ドレスデン・シュターツカペレに憧れ、短い期間であったが音楽監督となり、長い年月を経て再び「古い恋」を育もうとしたケンぺ。しかし、その願いは叶わず、彼はこのシリーズ完成後の翌年1976年に病気で急逝してしまう。
ルカ教会でのルドルフ・ケンぺ(左上)とペーター•ダム(右下)
「ペーター•ダム的」聴きどころ
Der Held (英雄)
ケンぺに最高の「英雄の生涯」を捧げるぞ!、というSKD団員全員の並々ならぬ気迫が伝わってくる。冒頭、ペーター•ダムの勇ましいホルンに相当な気合いを感じる。
Des Helden Gefährtin (英雄の伴侶-再現部)
この曲の有名なクライマックス。ホルンパートユニゾンの咆哮が熱い!熱いだけでなく、美しい!
Entsagung (諦念)
指揮者とオーケストラの双方が、美しい夢が覚めてしまうのを惜しむかのように、一音一音、ゆっくりと愛おしむように演奏する。終盤、「伴侶」であるソロバイオリンと共に、「英雄」ペーター•ダムが感極まるようなソロを演奏する。自分の最高の音楽を大好きなケンぺに捧げようとしているような、そんな演奏だ。
東ドイツの音楽家や人々は何十年ものあいだ、ごく一部の共産圏を除いては国境を超える自由がなかった。「コロナで3年間不自由だった」とは比較にならない。最近、音楽こそが彼らを解き放つ「翼」だったのではないか、と考える。優れた演奏を録音し、その録音が自分たちのかわりに壁を越えて世界中を自由に飛び回り、そして時間を越えて未来の人たちの耳にも届く。この時代のシュターツカペレ・ドレスデンの演奏が美しく、そして心に訴えかけてくるのは、彼らのそんな思いが音楽にこもっているからかもしれない。
柴犬の僕にもしっかり届きました!
私たちの「ペーター•ダム愛」も決して錆びることはありません。